大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和61年(行ツ)45号 判決 1986年7月03日

愛知県岡崎市上六名三丁目六番地の六

上告人

澤田あき子

同所

上告人

澤田守弘

名古屋市千種区観月町二丁目六三番地の一

上告人

角田縁

右三名訴訟代理人弁護士

竹下重人

細井土夫

愛知県岡崎市明大寺本町一丁目四六番地

被上告人

岡崎税務署長

西尾高明

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和六〇年(行コ)第三号相続税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六〇年一二月二三日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人竹下重人の上告理由について

相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付直資五六・直審(資)一七国税庁長官通達、昭和五八年四月一九日付直評六による改正前のもの)一八八の(6)注1の(1)所定の法人税額等の金額を計算するに際しては、同(4)所定の退職手当金等に該当するものの金額を損金に計上すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 髙島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

(昭和六一年(行ツ)第四五号 上告人 澤田あき子 外二名)

上告代理人竹下重人の上告理由

第一点 原判決(原判決が引用する第一審判決を含む。)は、相続税法第二二条の解釈・適用を誤つた結果、憲法三〇条に違反する。

一 本件の事実関係を要約すれば次のとおりである。

(一) 被相続人澤田鐵雄(以上単に被相続人という。)は昭和五四年一二月四日死亡し、その妻である上告人澤田あき子、両名の子である上告人澤田守弘、同角田縁が相続をした。

(二) 相続財産中に訴外澤田紡績株式会社(資本金二〇〇万円、発行済株式総数一万株)の株式(以下単に本件株式という。)六八七五株が含まれており、そのうち三〇〇〇株を澤田あき子が、残り三八七五株を澤田守弘が相続した。

(三) 訴外会社の決算期は毎年七月三一日であるが、昭和五四年七月三一日決算における法人税申告所得金額は六三七二万九八八七円であつた。

(四) 訴外会社はその代表取締役であつた澤田鐵雄を被保険者とする生命保険に加入していたので、同人の死亡により、一億七三万八四四三円の保険金の支拂を受けたが、代表取締役の死亡につき社葬を営み、その費用として三三七万九〇六〇円を負担し、昭和五五年三月二五日の臨時株主総会において澤田鐵雄に対して死亡退職金七〇〇〇万円の支給を決議し、同年五月三〇日にこれを上告人澤田守弘に支払つた。

(五) 本件株式は上場されておらず、かつ店頭気配相場もない株式であつたから、上告人らは相続税の申告に当り、本件株式を発行会社の純資産価額に基いて評価することとし、その具体的計算は「相続税財産評価に関する基本通達」(以下単に評価通達という)の一八五および一八六に準拠して行つた。この場合の本件株式の一株当りの評価額は三四九四円であつた。

(六) 被告人は右申告(修正申告である)における本件株式の評価が誤つているとして更正をしたが、その具体的な計算方法は、上告人らと同様に評価通達の一八五および一八六によつたものである。

二 本件訴訟における争点は、右に述べた本件株式の評価額についてだけであるが、その内容は次のとおりである。

(一) 上告人らは課税時期における訴外会社の純資産を計算する場合の評価通達一八六の(一)の「課税時期の属する事業年度に係る法人税額、事業税額、道府県民税額及び市町村民税額のうちその事業年度開始の日から課税時期までの期間に対する金額」(以下単に課税時期までの法人税額等という)を計算する方法として、仮決算をしたものとし、確定した保険金請求権相当額を益金とし、右期間中には損金の額に算入すべき確定した債務(法人税法二二条三項)は無いものとして、法人税額四一九一万一八〇円、県民税二五九万九二五〇円、市民税五〇七万四四四〇円、事業税一二九一万三九一〇円を算出し、その合計を訴外会社の負債に計上するとともに、評価通達一八六の(四)に従つて前記一の(四)の退職金に相当する金額を負債に計上した。

(二) 被上告人は、同じく「課税時期までの法人税額等の計算に当り、訴外会社の前事業年度の所得金額(前記一の(三)参照)に保険金の額(前記一の(四)参照)を加えたものを益金の額とし、支拂退職手当金および社葬費用の額(前記一の(四)参照)を損金の額として、法人税の三〇八一万二二〇〇円、市民税三七四万七一四〇円、県民税一九五万四〇三〇円、事業税一〇二七万一六四〇円を算出し、その合計金額を訴外会社の債務の額に計上し(第一審における上告人の昭和五八年八月一九日付準備書面添付別表四の三)、前記退職金および社葬費用の額の合計金額も負債の部に計上した。

三 右の争点について、第一審判決は「被相続人の死亡により相続人に支給することが確定した退職手当金については、相続開始当時、支給が未確定であるにもかかわらず、相続税法上、これを相続によつて取得したものとみなし相続財産に含ましめ、相続税の課税対象とする旨の規定が置かれているため、前記二重課税を避ける趣旨から、相続財産に含まれる取引相場のない評価会社(右退職手当金を支給した会社)の一株当りの純資産価額を計算する場合においても、課税時期(相続開始時)には、未だ支払債務の確定していない退職手当金支給に係る経費を負債として計上する取扱いが是認されているのである。したがつて、右取扱いを是認する限り、これと同様に負債の項目に計上されるべき未納法人税額等の計算においても、右退職手当金の支給に係る経費を原告(上告人)が採用した前記「仮の決算の事業年度」における損金に算入することが右取扱いと首尾一貫する会計処理というべきである」と説示し、原判も、第一審判決を是認すべきものとして引用したうえで「同一の時期に同一の目的のためにする評価計算において彼此差別した扱いを正当とする実質上の理由は見出し難い」と説示して、控訴を棄却した。

四 相続税法は相続財産の評価は時価によることを原則としている(同法二二条)が、非上場株式の時価を何によって測定すべきであるかについて、法令上の定めは存在しない。

したがつて、評価通達に示されている方法が合理的なものであれば、納税義務者、課税権者ともにこれに準拠することは是認されてよいところである。

五 評価通達一八五は、課税時期における評価会社の資産を個別的に評価通達の定める方法によつて評価してその合計額を算出するものとし、同一八六は法人税法上の特例によつて、それえの繰入金額を損金の額に算入することを認められた貸借対照表上の形式的負債は、株式の評価の際の負債には含めないことを、その本文で示し、課税時期現在においては、厳密な意味では負債とは言い難いが、相続税の課税目的に照して、評価会社の純資産価額算定上控除項目とすることが妥当なものとして、四つを示した。

したがつて、この場合の資産、負債の評価はそれぞれ各別に、時価を測定するに最もふさわしい方法によつてなされるべきものであつて、決してあれとこれとで「首尾一貫する」ことや「彼此差別」しないことを要求されるものではない。

七 まず評価通達一八六の(一)の「課税時期までの法人税額等」の計算を仮決算によつて算定する場合、その所得計算の原理について何らの特別の方法が示されていないのであるから、それは「各事業年度の法人税」の課税標準の計算の原則に従うべきであり、決算期(課税時期)において債務の確定していないものは、たとえ将来において「発生することの確実な、一般的で客観的な」(原判決四丁裏参照)ものであつても、その予測金額を損金の額に計上すべきものではないと解される。

八 原判決は、課税時期後に支払が確定する死亡退職金を負債に計上するならば「彼此差別」することなく「課税時期までの法人税額等」の計算においてもこれを損金に計上すべきであると説示するが、評価通達一八六の(三)の、直前決算期後課税時期までに交付の効力が確定した配当金支拂債務を、同項(一)の「課税時期までの法人税額等」の計算に当り損金の額に計上すべきものと解しているわけではあるまい。

九 「課税時期までの法人税額等」の計算の方法について法令・通達に明示するところがないので、納税義務者は自らその解釈をしなければならないのであるが、その際主務官庁におけるそれに関する職務を担当する者が公開した解説は重要な指針となる。

そして昭和五三年当時には東京国税局資産税担当官によつて、上告人らが本件株式の評価に際して採用したと同じく、後日の支拂退職金は、「課税時期までの法人税額等」の計算の際に損金の額に算入しない旨の解説が公刊されていた(甲第五号証)。

その後昭和五四年になつて、本件課税時期より前に、評価通達の解説で右と異つた趣旨のものが公刊され(乙第一一、第一二号証)、前記甲第五号証の著者も昭和五五年に至つて、問題の箇処を削除した著書を刊行した(乙第一三号証)。

しかしながら審査裁決事例(乙第九号、第一〇号証)の事案にみられるとおり、昭和五三年当時には納税義務者の間には上告人らと同趣旨の解釈が一般化していたものとみることができる。乙第一一、第一二号証にみられる解説は、「この生命保険金を源資として被相続人に対して死亡退職手当金を支払つた場合には、その生命保険金から支払つた退職手当金等の金額を控除した残額について法人税等が課されることになるので、その法人税等については次の(2)のイの法人税等(注、「課税時期までの法人税額等」のことを指す。)に準じて負債として取扱う」と解説するだけであつて、従前の取扱いを明確に改めたものであるとは解説し難いものであつた。

一〇 であるとすれば、評価通達一八六の(一)の「課税時期までの法人税額等」の計算に際し、未払死亡退職金の額を損金の額に計上すべきか否かについて、複数の解釈が成立していたものであり、そのような場合には、納税者に有利な解釈を採用することが、租税法律主義の要請するところである。

原判決は、結局相続税二二条の時価の測定に関する評価通達の解釈・適用を誤り、憲法三〇条に違反したものといわなければならない。

一一 なお付言するならば、前に引用した、被上告人の本件争点に係る法人税額等の計算方法は、訴外会社の昭和五四年七月三一日決算の結果を、保険金収入と退職手当金及び社葬費用支出によつて修正し、前決算期の未納法人税額等の追加分を算出したか、あるいは課税時期を含む事業年度においても、前事業年度と同額の所得が生じるものと推定し、これに特別の収支としての保険金収入と退職手当金及び社葬費用支出を加減して、課税時期を含む事業年度の法人税額等の金額を算定したかのいずれかに帰するのであつて「課税時期までの法人税額等」の算定をしたものということができず、また社葬費用を負債の額の額に計上したことは、評価通達一八六の(四)の趣旨に反し、結局非上場株式の時価を評価会社の純資産価額によつて評価する当り、その方法を誤つて、相続税法二二条に反する処分をしたことになる。

第二点 原判決は、納税義務者間の平等に反することにより、憲法一四条に反するものである。

一 原判決は、被相続人の死亡によつて支給される退職手当金等が相続税の課税対象にとりこまれることとなつているから、相続財産中にその死亡退職金等を支給することとなる株式が含まれている場合には、その株式を発行会社の純資産価格によつて評価するに際し、その死亡退職手当金等を負債の額に計上することにより株価を引下げることにしなければ実質上相続税の二重課税をもたらすことになると説示する。

二 しかし、右のことはその限りで妥当するだけであつて、「課税時期までの法人税額等」の計算との関係においてまで「首尾一貫」し、「彼此差別を」しないことを法律上要求するものではない。

評価会社が被相続人を被保険者とする生命保険に加入していて保険金を受領し、それを源資として死亡退職手当金を支拂うという本件と同様な場合において、その死亡退職手当金の支給される役員と、そのような支給はなされない普通の株主とが同時に死亡したと仮定する。

その役員等の相続人の取得した株式の評価においては、保険金請求権相当額が益金に算入され、後日の支拂死亡退職手当金等が損金に算入されて「課税時期までの法人税額等」が算出され、その額と死亡退職手当金等の額も負債の部に計上されて純資産価額が算出されるべきである、とするのが原判決の説示である。

この場合、同時に死亡した普通の株主の相続人が取得した株式について、発行会社の純資産価額によつて評価する場合には、受取保険金に相当する金額が資産の部に計上され、負債の部に計上されるべき「課税時期までの法人税額等」の計算に当つても受取保険金当額は益金の額に算入されるが、損金の額に算入されるべきものは何もないことになる。またその普通株主との関係では、役員に対する死亡退職手当金等を発行会社の負債の部に計上することもできない。

したがつて、評価会社の「課税時期までの法人税額等」の計算に当つては、いずれの場合においても課税時期までに債務の確定しない死亡退職金等の額は損金の額に算入しないことが、納税義務者間の平等を期する所以である。

上告人らの主張に従えば、死亡退職手当金等の支給がなされる場合の相続人は、「課税時期までの法人税額等が割高に計算されることによつて、株式の評価額を引き下げ、さらに死亡退職手当金等を負債の部に計上することによつて更に株価を引下げることになつて、二重の利益を受けることになるという反論があるかもしれないが、法人税等は比例税率によつて計算されるが相続税は超過累進税率によつて課税されるものであることを考慮すれば、上告人らの主張する評価方法が納税義務者間の平等を期することのできるものであり、原判決は憲法一四条に違反するものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例